村山昇作氏の取締役就任について
    (2001年9月14日)
帝國製薬株式会社(本社:香川県大川郡大内町、社長:赤澤庄三)と四国化成工業株式会社(本社:香川県丸亀市、社長:山下矩仁彦)は、 日本銀行政策委員会室審議役の村山昇作氏をそれぞれ取締役として招聘することとなりましたので、お知らせいたします。
帝國製薬では2001年10月1日付で常勤参与に就任、2002年3月開催の定時株主総会にて取締役に、同日代表取締役社長に就任の予定です。なお、現社長・赤澤庄三は同日付で社主に就任の予定です。また、四国化成工業では同じく2001年10月1日付で特別顧問に就任、2002年6月開催の定時株主総会にて社外取締役に就任の予定です。
村山氏は1994年から96年まで日銀高松支店長として高松で勤務、98年に調査統計局長に就任、日銀の景気判断の要として活躍したほか、講演、対談、出版等を通じ積極的に対外活動を展開しました。その後今年2月より、新設された I T 企画担当審議役として日銀の I T 戦略の立案に も優れた手腕を発揮してきました。
高松支店長時代には香川経済同友会等を通して地元経済について積極的な発言を行ったほか、支社長・支店長仲間と共に香川の観光ガイド 『URARA 讃岐路』を発刊しました。また、交通安全のための「あっ! 運動」の先頭に立つなど、地元香川に密着した活動を展開しました。
帝國製薬の赤澤庄三社長と四国化成工業の赤澤淳代表取締役はかねてより村山氏と個人的な親交を重ねてきましたが、そうした機会を通じ、 村山氏の香川への深い思い入れと人間的な魅力が伝わるところとなりました。
こうしたことから昨年来帝國製薬の赤澤社長と四国化成工業の山下社長が、地域に優れた人材を取り込むことの深い意義を話し合い、この度の招聘につながったものです。
村山氏はこのたびの両社取締役就任にあたり「高松支店長時代に讃岐・香川に親しみ、多くの知己を得て、第二のふるさとと考えている。 いずれは銀行を離れ、これまでとは全く違った生き方をしたいと考えていたが、その場所として讃岐・香川は理想の地である。今後は香川県に居を構え、両社の発展を通じて地域経済に貢献したい」と語っています。
村山氏の招聘に関する両社社長のコメントは以下の通りです。
帝國製薬社長・赤澤庄三
高松支店長時代より懇意にしている村山氏に、名実共に次代の会社の中枢としてお越しいただけることになり、嬉しく思っている。当社は 先頃ロンドン事務所を開設するなど、最大の経営課題として欧米を中心とした国際展開に取り組んでおり、今後のグローバル化推進において最も適任 と考え社長就任をお願いした。当社の長い歴史に新しい一頁を書き加える上で、卓越した手腕を発揮していただけるものと期待している。
四国化成工業社長・山下矩仁彦
当社は執行役員制度の導入、取締役会の諮問機関としての経営会議の設置、役員の任期短縮等コーポレート・ガバナンスの強化を進めてお り、その一環としてこの度社外取締役制度を設けることになった。その最初の候補者として村山氏に就任頂けることは制度導入の実効に向けて 極めて有意義なことと考えている。経営全般にわたって幅広い知見と豊富な経験を踏まえた客観的な助言を適宜お願いし、一層経営の透明性を高めたい。
〈 参 考 〉村山昇作(むらやま しょうさく)氏の略歴
1949年 9月21日生まれ京都府出身
1972年 同志社大学経済学部卒.
1972年   日本銀行入行
1978年〜1979年   カリフォルニア大学(UCLA)に留学(経済学修士)
1981年〜1983年   ニューヨーク事務所エコノミスト
1994年〜1996年   高松支店長
1998年〜2001年   調査統計局長
2001年2月   政策委員会室審議役 I T 企画担当(現任)
2001年9月   日本銀行退行予定
2001年10月1日   帝國製薬株式会社常勤参与就任予定
    四国化成工業株式会社特別顧問就任予定
著書 『東ドイツカメラの全貌一眼レフカメラの源流を訪ねて』
(1998年/朝日ソノラマ/リチャード・クー、リヒアルト・フンメルとの共著)
    『目からウロコの日本経済論金融政策は魔法の杖か』
(2000年/中央公論新社)
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